尼子勝久

あまごかつひさ ( amago-katsuhisa )
1553 〜 1578


尼子勝久 年表



尼子勝久。父は新宮党の誠久
1554年に主君の晴久による新宮党の粛清により壊滅すると、 小川重遠に助けられ、上洛して東福寺の僧となる。
1566年毛利元就により出雲国の本家が降伏、滅亡すると、 1568年、 再興を図る山中鹿之助立原久綱らに擁立され還俗。 尼子勝久と名乗る。 翌1569年、旧臣の支援もあり、尼子勝久らは隠岐国から出雲国新山城に入り、 勢力を拡大するも月山富田城は落とせなかった。 1570年布部山の戦い毛利軍に敗れ、 尼子勝久らは織田信長を頼り、 因幡国の山名豊国の支援で侵攻するも失敗に終わる。
それからは信長の配下の羽柴秀吉の中国侵攻軍に加わり、 1577年に播磨国上月城を攻略し、守備を命じられる。 1578年毛利軍上月城を攻撃され、 秀吉信長の命で、 別所長治の治める三木城攻略にあたることになった為、 撤退の命が出るが、これに背き籠城。 同年七月三日に落城。自刃する。

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