尼子経久

あまごつねひさ ( amago-tsunehisa )
1458 〜 1541


尼子経久 年表



尼子経久。出雲国の大名。幼名又四郎。 出雲守護京極氏守護代尼子清定の嫡男。 尼子経久は父の跡をうけ出雲守護代となるが、所領や税金を横領。 1484年に守護代をやめさせられるが、1486年正月に富田城を奪回。 出雲の有力武将三沢氏三刀屋氏赤穴氏を屈服させる。
1508年管領細川政元に背かれ周防の大内義興を頼ってきた 十代将軍足利義稙(義材)義興らと共に上洛させ、 政元に擁立された十一代将軍足利義澄らと戦う。 その後出雲に帰国した尼子経久は、因幡、伯耆、安芸、石見へと勢力を拡大させるが、 1518年九月、出雲阿用城の桜井氏を攻撃中に長男の政久が戦死してしまう。
それからは、1532年に対立中の経久の三男興久を打ち、 1537年政久の子晴久に家督を譲るが、 1541年十一月十三日、富田城にて病気で亡くなってしまう。 お墓は出雲能義郡広瀬にあるという。

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