浅井長政

あさいながまさ ( asai-nagamasa )
1545 〜 1573


浅井長政 年表



浅井長政。近江国小谷城主浅井久政の子。幼名新九郎。 久政の隠居により、長政は1560年に家督を相続。
相続当時の浅井家は南に位置する六角氏らに圧迫されてたが、 浅井長政は同1560年六角義賢を破り、 1568年頃には近江の大半を治める。 また、同1568年に尾張、美濃を平定した織田信長と友好を結び、 信長の妹お市を室(嫁)に迎える。
1570年将軍の実権を握ろうとする信長に反発した 将軍義昭が、反信長勢力を集い、包囲網を組むと、 信長は手始めに越前朝倉氏への侵攻を開始。 長年同盟関係の朝倉氏か、 婚姻関係の織田氏のどちらに付くかで迷うが、 長政は朝倉氏を選び、織田氏との関係を絶つと、 同六月浅井 朝倉連合軍は、 織田 徳川連合軍姉川にて戦うが、大敗を喫してしまう。
その後、長政は三好三人衆本願寺と結んで反撃するが、失敗。 1573年八月小谷城を包囲され、二十八日に自害。
ちなみに、小谷城落城寸前に妻お市と 三人の娘は信長に引き取られ、 お市柴田勝家と再婚、 長女茶々豊臣秀吉の側室 (淀殿)に、 次女初子京極高次室に、 三女達子徳川秀忠室となり、 後の世にも血を残していく。

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