朝倉景総

あさくらかげふさ ( asakura-kagehusa )
???? 〜 1505


朝倉景総 年表



朝倉景総。七代目の孝景の庶子。
景総は弟の教景が正妻の子であるため、常に上席にいることを恨み、 1484年、相撲場で殺害し剃髪、出家する。 しかし正妻との関係が回復せず、越前国を出奔。 景総は京都で細川政元に仕えて元景と改める。
1503年朝倉宗滴や婿で敦賀郡司の朝倉景豊と共謀して、 九代目の貞景への謀反を企てるが、 宗滴の密告により、 景豊敦賀城を強襲され、景豊は自害。 近江国から出陣したものの、この報せを聞き加賀国に退く。
翌1504年に一向一揆らの協力も得て、 越前国坪江に侵攻するが、貞景に敗れて能登国に逃れ、 1505年、能登国春木の斎藤館で病死する。

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