朝倉敏景

あさくらとしかげ ( asakura-toshikage )
1428 〜 1481


朝倉敏景 年表



朝倉敏景。六代目の家景の嫡子。 越前国の豪族。孝景と呼ばれることが多い。
1458年、越前国の守護の斯波氏の内紛に乗じて勢力を伸ばし、 斯波義廉を当主に就かせる。 1467年応仁の乱が勃発すると、西軍の主力として活躍。 京極持清武田信賢らと戦い、 骨皮道賢を討ち取る。
しかし1471年第八代将軍足利義政細川勝元に越前国の権限を与えられると東軍に寝返り、越前平定に尽力。 越前守護に任じられるが、斯波氏甲斐氏らの反抗を受ける中、 1481年に亡くなってしまう。
ちなみに、分国法の「朝倉敏景十七箇条」を制定。 また、寺社や公家などへの押領が多かった為、評判は大層悪かったという。

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