足利政知

あしかがまさとも ( ashikaga-masatomo )
1435 〜 1491


足利政知 年表



足利政知。本当は第六代将軍の義教の二男。幼少より天龍寺香厳院に入り、僧となる。
1457年に第八代将軍の義政の命で還俗し、政知と名乗る。 翌1458年、鎌倉へ向けて出立するが、 元鎌倉公方で現古河公方の足利成氏の勢力が強く、 鎌倉入りを断念し、伊豆国の堀越に留まり、堀越公方となる。
室町幕府は関東周辺から将兵を派遣するが、統率が取れず失敗が続き、 堀越公方と関東一帯が組んで独立する可能性を勝手に危惧した幕府は実権を与えなかった。 1467年応仁の乱が勃発すると、 幕府は関東どころでは無くなり、関東はますます混乱するが、1583年に古河公方が幕府と和睦。 堀越公方は伊豆国の支配のみの存在となる。
ちなみに、堀越公方は長男の茶々丸を廃嫡した為、 死後すぐの1491年に謀反を招き、1493年、 幕府から派遣された伊勢宗瑞(北条早雲)が鎮めるが、 わずか二代で途絶えてしまう。 しかし、のちの将軍家は足利政知の子孫が代々継承していくことになる。

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