千々石ミゲル

ちぢわみげる ( chidiwa-migeru )
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千々石ミゲル 年表



千々石ミゲル。父は肥前国、有馬晴純の三男、直員
父の戦死により、父の弟の大村純忠の下で育ちキリスト教徒となる。 ヴァリニャーノ発案の天正遣欧少年使節の一員に選ばれ、1582年伊東マンショ中浦ジュリアン原マルチノと共に長崎を出発。ヨーロッパに至り1585年、 ローマにて教皇グレゴリウス十三世に謁見。1590年に帰国すると、 1591年、聚楽第にて豊臣秀吉と謁見。 仕官を勧められるも司祭への道を目指すため断る。
イエズス会に入るが、1601年に棄教。清左衛門と改名。 純忠の子の喜前に仕えて棄教を後押しし、キリシタンを弾圧。 次第に藩政から遠ざけられ、キリシタンによる暗殺未遂事件が起こる。
千々石ミゲルの棄教の理由は奴隷制度ともいわれている。

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