遠藤基信

えんどうもとのぶ ( endo-motonobu )
1532 〜 1585


遠藤基信 年表



遠藤基信。住職の子。諸国を渡り歩き、米沢を訪れた時に伊達氏の宿老、 中野宗時に見出されて仕える。
政治の手腕に優れ、伊達輝宗の信任を得るが、1570年宗時親子が輝宗に背いて相馬領に出奔。 この時の献策などから以後、遠藤基信は宿老として千五百石を賜り、軍師の役割を担う。
また外交の手腕にも優れ、織田信長徳川家康北条氏照柴田勝家などと親交、交渉を頻繁に行う。 また、片倉景綱を見出し、伊達政宗の小姓に推挙する。
1584年、 隠居して政宗に家督を譲った後も輝宗に仕えるが、 1585年輝宗の仲介で畠山義継と和睦。 そのお礼として宮森城を訪れた義継輝宗を拉致して逃亡。 これにより義継と共に輝宗が銃殺され、 後日、遠藤基信は殉死してしまう。

他の戦国武将歴史年表を探す

遠藤基信 グッズ

遠藤基信 グッズ

遠藤基信