蒲生氏郷

がもううじさと ( gamo-ujisato )
1556 〜 1595


蒲生氏郷 年表



蒲生氏郷。会津若松城主。キリシタン大名。幼名は鶴千代。 父は六角家臣日野城主蒲生賢秀1568年に人質として織田信長の下についた氏郷は、 翌年伊勢攻め信長に従い、 その際に信長の娘冬姫を娶り、日野に戻る。
その後は織田家の数多の戦に従軍。 1570年朝倉攻め1573年近江鯰江や、 小谷城攻め(浅井)1574年伊勢長島(北畠)1575年長篠(武田)1578年摂津伊丹城(荒木)1581年伊賀1582年信濃(武田)と、各地を転戦。
信長亡き後の翌1583年、 蒲生氏郷は織田家の後継者候補、 羽柴(豊臣)秀吉と結んで 滝川一益を攻め、亀山城を与えられ、 1584年小牧・長久手 (織田&徳川)の功で伊勢松ヶ島城主十二万石。 1585年紀州の雑賀衆、越中佐々1587年九州征伐1590年小田原征伐にも従軍し、 奥州黒川城主四十二万石を与えられる。 さらに翌年にも加増があり、蒲生氏郷の知行は九十二万石にもなった。
その後の蒲生氏郷は1592年、最初の朝鮮出兵にも参陣するが、 1595年二月に伏見で亡くなってしまう。

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