後藤基次

ごとうもとつぐ ( gotou-mototsugu )
1560 〜 1615


後藤基次 年表



後藤基次。又兵衛とも。
幼少の頃、父の病没により親交のある黒田官兵衛に引き取られるが、 官兵衛荒木村重により幽閉されると、一族が謀反。 小寺政職と共に村重に属したため追放される。
小寺氏没落後は仙石秀久に仕え、 1587年黒田長政に仕え、 後藤基次は豊前国の城井氏の反乱鎮圧や、 1592年文禄の役などに従軍。 1600年関ヶ原の戦いでも長政に従い活躍。
戦後、筑前国益富城主となり一万六千石を賜るが、1606年、謀反を疑われて出奔。 武勇に優れ、状況判断にも非常に優れる後藤基次は多くの誘いを受けるが、 長政が他家への仕官を禁ずる措置を行い、浪人。
1614年豊臣秀頼に招かれて大坂城に入城。 大坂冬の陣にて見事な采配で活躍するが、 1615年大阪夏の陣道明寺の戦いにおいて霧の発生により後続が到着せず孤軍奮闘。 後藤基次は乱戦の中で討死してしまう。

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