蜂須賀家政

はちすかいえまさ ( hachisuka-iemasa )
1559 〜 1638


蜂須賀家政 年表



蜂須賀家政。父は正勝
織田信長羽柴秀吉と仕え、 秀吉による中国攻めにて蜂須賀家政は黄母衣衆として従軍。 本能寺の変による信長の没後もそのまま従い、 直後の山崎の戦いや、 1583年賤ヶ岳の戦いに従軍。 1584年、播磨国佐用郡に三千石与えられる。
蜂須賀家政は1585年紀州征伐などにも従軍。 四国征伐では阿波国の木津城一宮城を攻めて活躍。 戦後、父は阿波国一国を与えられるも秀吉の側近を望み辞退。 代わりに蜂須賀家政に与えられ、十八万石の大名となり、徳島城を築城。
1587年九州征伐では日向国高城を攻め、 1590年小田原征伐では伊豆国韮山城を攻めて活躍。 朝鮮出兵では1592年1597年の両方に出陣し、 1597年南原城攻撃や、 蔚山城に籠城する浅野幸長を救援。 1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属すも病気と称して留まり、 家政の子の蜂須賀至鎮徳川家康の縁者として東軍に属し所領安堵。 蜂須賀家政は家督を譲り剃髪。蓬庵と号す。
大坂の陣の後、淡路国を与えられて二十五万七千石に加増。 1620年至鎮の没後は、 嫡孫の忠英を後見。徳島藩の基礎を築く。

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