蜂須賀正勝

はちすかまさかつ ( hachisuka-masakatsu )
1526 〜 1586


蜂須賀正勝 年表



蜂須賀正勝。小六。父は正利
蜂須賀正勝は美濃国に隣接する尾張国海東郡の国人領主で、斎藤道三織田信賢織田信清に属して領土を守り、 のち織田信長に仕えて木下藤吉郎(豊臣秀吉)に従う。
美濃国墨俣城の築城や、斎藤家臣への調略などで活躍し、 越前国朝倉氏の治める天筒山城金ヶ崎城、 近江国浅井氏の治める横山城、 伊勢国長島一向一揆などに従軍して功をあげ、 1573年秀吉が長浜城主に任じられると、領内に所領を与えられる。
秀吉による中国攻めでは、 1579年の播磨国三木城1581年の因幡国鳥取城を攻めて活躍し、 播磨国龍野城主に任じられ、1582年備中高松城を攻めるが、 信長本能寺の変にて没してしまい、 蜂須賀正勝は黒田官兵衛と共に開城に尽力。中国大返しを成功させる。
1584年小牧、長久手の戦いに従軍し、 1585年四国征伐では阿波国木津城を攻略。 戦後、阿波国一国を与えられるが、蜂須賀正勝は秀吉の側近を望み辞退。 正勝の嫡子、蜂須賀家政に阿波国が与えられる。

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