畠山尚順

はたけやまひさのぶ ( hatakeyama-hisanobu )
???? 〜 1522


畠山尚順 年表



畠山尚順。父は政長。尾州家。
父の代からの家督争いが応仁の乱に発展。 戦後、父は総州家の畠山義豊と争うが、 1493年細川政元が第十代将軍、 足利義材を追放。 政元に河内国正覚寺で包囲され自害。従軍中の尚順は何とか紀伊国に逃れる。
畠山尚順は政元義豊らの紀伊国侵攻を度々破り、 紀伊国での支配を強め、 1497年義豊の家臣の内乱に乗じて挙兵。 河内国から追放して1499年に討つが、 摂津国天王寺での政元との戦いに敗れて紀伊国に逃れる。 敗戦により家臣の細川元有が降り、1500年、 和泉国岸和田城に侵攻して討つが、その後敗れる。
畠山尚順は1504年義豊の跡継ぎ義英と結び、 政元に対抗するも1506年に敗れてしまうが、 1507年政元が暗殺され、養子たちの家督争いが起こると、 養子のひとり細川澄元と結んで義英を攻め、 養子のひとり細川高国と結んで澄元と対立する。
義材が将軍に返り咲き、 畠山尚順は子の稙長に家督を譲り紀伊国の支配を強化するが、 1520年、家臣の離反により稙長が擁立。 畠山尚順は和泉国堺に逃れ、義英と結んで挙兵するも敗れてしまう。

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