畠山政長

はたけやままさなが ( hatakeyama-masanaga )
1442 〜 1493


畠山政長 年表



畠山政長。父は持富
父の兄、持国の跡継ぎとして養子となるが、 持国が子の義就に後を継がせようと画策。 これに守護代や家臣が反発して擁立される。
1460年、第八代将軍、 足利義政により義就が追放。 畠山政長の家督を許されて幕府に仕え、1463年義就を追討。 河内、紀伊、越中の国の守護を任され、1464年、管領に就任するが、 1466年山名宗全義就を擁立して挙兵。 1467年義政により家督を奪われ、 これを不服として細川勝元を頼り応仁の乱へと発展。
1477年、河内国を奪われて終戦。 これにより畠山政長は幕府に仕えて義就と争い、 1482年勝元の跡継ぎ、 細川政元と共に討伐に向かうも政元が単独で講和して引き上げてしまい退却。 1490年義就の没後は跡継ぎの義豊と争うが、 1493年政元が第十代将軍、 足利義材を追放。義豊と結び、 畠山政長は河内国正覚寺にて包囲され、自害する。

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