弘中隆兼

ひろなかたかかね ( hironaka-takakane )
???? 〜 1555


弘中隆兼 年表



弘中隆兼。父は興兼大内義隆に仕える岩国の領主。
文武に優れ、1540年尼子氏毛利元就吉田郡山城へ侵攻すると、 毛利氏への援軍として安芸国に出陣するなど活躍し、 1541年に安芸国守護代に任じられる。
1543年には安芸国槌山城主に任じられ、備後国の情勢を任される。 その後も活躍するが、1551年陶晴賢が謀反。 義隆が自刃してしまうと、 晴賢の擁立する大内義長に仕える。
1555年晴賢の命により江良房栄を殺害。 厳島の戦いでは晴賢を援け奮戦するが、 晴賢が自刃。弘中隆兼も討死してしまう。

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