北条早雲

ほうじょうそううん ( hojo-souun )
???? 〜 1519


北条早雲 年表



北条早雲。伊勢新九郎盛時。小田原北条氏初代目当主。 姉妹に駿河国、今川義忠の室の北川殿
一介の素浪人説もあるが、室町幕府政所執事伊勢氏の一族説が有力で、 1476年義忠が討死してしまい、 小鹿範満が家臣に擁立されて幼い今川氏親との家督争いが起こると、 下向して氏親が成人するまで範満が代行することで調停。 京都に戻るが、成人しても家督を返さない為、1487年、 再び下向して範満を討ち、駿河国興国寺城を与えられる。
1493年、伊豆国に攻め入り堀越公方の足利茶々丸を討ち平定。 韮山城を居城とし、出家して早雲庵宗瑞と号す。相模国の小田原城を攻略。 今川氏と連携しつつ山内家、 扇谷家の両上杉氏の争いに乗じて勢力を拡大。 扇谷上杉氏に属する三浦氏と争い1512年に鎌倉入り。 玉縄城を築き、上杉氏を撃退しつつ1516年三崎城に籠る三浦氏を滅ぼして相模国を平定。 1518年に嫡男、氏綱に家督を譲る。
1506年には検地を行い、 「早雲寺殿廿一箇条」を定めるなど基盤を築く。
早雲は北条氏を称していないとされる。

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