北条氏政

ほうじょううじまさ ( hojo-ujimasa )
1538 〜 1590


北条氏政 年表



北条氏政。小田原北条氏四代目当主。氏康の嫡男。母は今川氏親の娘。 弟に氏照氏邦氏規上杉景虎など。
1554年、甲斐国の武田氏、 駿河国の今川氏と三国同盟が結ばれると、 氏政は武田信玄の娘、黄梅院を正室に迎える。
1559年に父が隠居。家督を譲られて氏政は当主となり父と共に統治。 1561年上杉謙信の侵攻を小田原城に籠城の末に撤退させ、 北条氏政は上総、上野の国に勢力を拡大するが、 謙信と結ぶ常陸国の佐竹氏との対立などあり、上総国から撤退。 1568年信玄が駿河国の侵攻し、 北条氏は今川氏を救援。 武田氏との同盟は破棄され、弟を人質に送り上杉氏と結ぶ。
1571年に父が没すると、 氏政は再び武田氏と同盟を結び、上杉氏との同盟を破棄。 下総国の簗田氏、 下野国の小山氏らを下して関東に勢力を拡大。1578年上杉氏で家督争いが起こると北条氏政は弟の景虎を支援するが、 北条軍は坂戸城攻略に失敗。景虎を失う。
1582年織田氏により武田氏が没落すると、 北条氏政は贈り物を送るなどして織田信長と通じるが、 信長が没すると織田家臣、滝川一益を追い出し、 徳川家康と争い、敗れて和睦。
その後も関東に勢力を拡げるが、中央では豊臣秀吉の勢力が拡大。 北条氏政は秀吉の上洛要請を何度も先延ばし、1590年、 家臣の猪俣邦憲真田氏の名胡桃城を奪取。 これが秀吉の私闘禁止の違反となり小田原征伐を招き、 領内の諸城が次々と落城。降伏するも切腹を命じられてしまう。

他の戦国武将歴史年表を探す

北条氏政 グッズ

北条氏政 グッズ

北条氏政