北条氏康

ほうじょううじやす ( hojo-ujiyasu )
1515 〜 1571


北条氏康 年表



北条氏康。小田原北条氏三代目当主。 第二代当主北条氏綱の長男。幼名新九郎。 祖先は北条早雲。 氏康は1541年氏綱の死後家督を相続。
北条氏は長年扇谷上杉氏の領地を侵し、争いが絶えなかった。 そんな中1545年扇谷上杉朝定の軍に、 関東管領上杉憲政古河公方足利晴氏の軍も加わり、 家臣北条綱成の守る河越城が攻められる。 また、朝定と通じ、駿河の今川義元にも攻められ、 氏康たちは挟撃される。
しかし、翌1546年四月二十日夜、 河越城救援に向かった氏康の軍の夜襲にて 両上杉足利連合軍を撃退。 このとき上杉朝定を敗死させ、扇谷上杉氏を滅ぼす。 これにより北条氏康は名を馳せることになる。
1551年古河公方足利晴氏から 北条氏康の血縁者足利義氏が家督を継ぎ、 近隣の国人大石定久藤田康邦には、 氏康の子、氏照氏邦を養子に出し、結びつきを強めると、 1552年山内上杉氏 (関東管領上杉憲政)平井城を攻め、越後へと追い出す。
また氏康は1554年に善徳寺において北条今川武田の婚姻関係による三国同盟が成立。 1559年上杉憲政から家督を継いだ 越後の上杉謙信小田原城まで攻め寄せるが、なんとか追い返す。
その後、上杉謙信の度重なる関東出兵を退け、 小田原城を基盤に上野南部まで勢力を拡大。 また、武田信玄の侵攻には謙信と同盟を結んで退ける。
しかし、1571年十月三日に死去。墓は箱根の早雲寺。

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