本多忠勝

ほんだだだかつ ( honda-tadakatsu )
1548 〜 1610


本多忠勝 年表



本多忠勝。平八郎。幼名は鍋之助。
「家康に過ぎたるもの」
と呼ばれる武将。徳川四天王の一人。父は本多忠高
1560年に初陣を果たす本多忠勝は、 1566年に騎馬五十騎を配属され、1569年には将となり、 その後の三方ヶ原長篠などの戦に従軍。 1582年明智光秀がおこした本能寺の変で、 家康の伊賀越えに従う。 その後、豊臣秀吉の世になり、 1590年対北条氏小田原の役でも活躍。 その攻もあり十万石を与えられる。
秀吉が亡くなり、主君家康が天下統一へと向けて動き出し、 遂に迎えた1600年関ヶ原の戦いでは、 井伊直政と共に東軍の先鋒の軍監を命じられ活躍。 翌年の1601年に十五万石を領するようになると、 その内の五万石を二男の忠朝に与えるが、 1610年十月十八日に亡くなってしまう。お墓は桑名の浄土寺。 忠勝が出陣した戦歴は五十余度と言われている。

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