堀秀治

ほりひではる ( hori-hideharu )
1576 〜 1606


堀秀治 年表



堀秀治。秀政の長男。
1590年小田原征伐の最中に父が病没。 家督を継いで越前国北ノ庄十八万石を継ぎ、 1592年文禄の役では肥前国名護屋城に駐屯。 1593年の伏見城の工事など功をあげて1598年村上義明の九万石や溝口秀勝の六万石など与力分も合わせ、 越後国春日山城主四十五万石に加増移封されるが、上杉家臣、 直江兼続が国替えの際には半分持ち出しの年貢米を全て持ち出して問題を起こす。
これにより1600年関ヶ原の戦いに発展すると、 堀秀治は徳川家康の東軍に属して上杉氏による国内の一揆を鎮圧。 戦後、所領を安堵される。
秀治の没後は長男の忠俊が継ぐが、 家老、堀直政の二人の子の騒動を鎮められず改易。 陸奥国磐城平藩主、鳥居忠政に預けられる。

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