堀直政

ほりなおまさ ( hori-naomasa )
1547 〜 1608


堀直政 年表



堀直政。父は奥田直純
一向宗の僧である母の兄弟の下で母の弟の子である堀秀政と共に育てられたという。
織田信長に小姓として仕えてのち秀政に付けられ、 1582年信長の没後、 共に豊臣秀吉に従い山崎の戦いに従軍。 1583年賤ヶ岳の戦い1584年小牧、長久手の戦いなどにも従軍し、 秀政が越前国北ノ庄十八万石に加増されると直政はこれに従い、堀の姓を与えられる。
1590年小田原征伐の最中、 秀政が病没してしまい、子の秀治が跡を継ごうとするが、 秀吉は所領没収を企む。これに直政が異を唱えて無事家督を継がせ、 1598年秀治は越後国春日山城主四十五万石に加増移封され、 堀直政は三条城主となる。
国替えの際、年貢米は半分持ち出す決まりなのを上杉家臣、 直江兼続は全て持ち出していさかいを起こし、1600年関ヶ原の戦いに発展すると、 徳川家康の東軍に属して上杉氏による一揆を鎮圧。
堀直政は直江兼続小早川隆景と共に天下の三陪臣として賞される。

他の戦国武将歴史年表を探す

堀直政 グッズ

堀直政 グッズ

堀直政