堀直寄

ほりなおより ( hori-naoyori )
1577 〜 1639


堀直寄 年表



堀直寄。父は越後国三条城主、直政
1598年、父の弟の子の堀秀治が越後国春日山に加増移封されると、 直寄は豊臣秀吉から越後国魚沼郡坂戸城主に任じられる。
1600年関ヶ原の戦いでは、 徳川家康の東軍に属して上杉氏による一揆を鎮圧。 1606年秀治が没して幼少の堀忠俊が当主となり、 1608年、父が没して兄の直次が家督を継ぐと、 1610年、兄が忠俊に讒言。堀直寄は追放されてしまうが、 徳川家康に兄の専横や一向宗の僧の殺害などを訴えると、 兄と忠俊は改易。直寄は一万石減封されて信濃国飯山四万石に移封される。
駿府にて家康に仕え、駿府城火災の消火にて功をあげて美濃国に一万石加増。 1614年からの大坂の陣に参陣。 1616年に越後国長岡藩主八万石。 1618年に越後国村上藩主十万石へと加増される。

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