保科正光

ほしなまさみつ ( hoshina-masamitsu )
1561 〜 1631


保科正光 年表



保科正光。
父、保科正直武田氏の没落後、 徳川家康に従い、信濃国高遠城主として二万五千石を領し、 家康の縁戚である多劫姫を妻に迎える。
正光は1584年小牧、長久手の戦いや、 1590年小田原征伐に従軍。 家康が関東に入ると正光は下総国多胡城主一万石を与えられ、 1592年、陸奥国での九戸政実の乱の鎮圧に従軍。 1592年からの朝鮮派兵では肥前国名護屋城に在陣。
1600年関ヶ原の戦いでは遠江国浜松城を守り、 戦後、正光は信濃国高遠城主二万五千石に復して立藩。 1606年の江戸城石垣普請。1611年の江戸城堀普請など功をあげ、 1614年大坂冬の陣では山城国淀城を守り、 1615年大坂夏の陣では天王寺の戦いにて功をあげる。
正光は1616年に越後国三条城番を務め、1617年徳川秀忠の庶子であるのちの保科正之を養子に迎えて養育。 1618年、五千石加増され、 1620年に大坂城番。1623年に伏見城番を務める。

他の戦国武将歴史年表を探す

保科正光 グッズ

保科正光 グッズ

保科正光