細川澄元

ほそかわすみもと ( hosokawa-sumimoto )
1489 〜 1520


細川澄元 年表



細川澄元。父は讃州家、義春。兄に之持
嫡流の京兆家当主、 細川政元九条家から澄之を養子に迎えて嫡子とするが、 1503年に廃嫡。細川澄元が養子に迎えられて嫡子となる。
更に野州家から細川高国を養子に迎えたため家中が分裂。1507年澄之に属する香西元長薬師寺長忠らが政元を殺害。 細川澄元も襲われて三好之長と共に近江国に逃れ、 高国らと共に澄之らを滅ぼし家督を継ぐ。
この混乱に乗じて周防国の大内義興が前将軍、足利義稙を奉じて上洛。 これに高国が協調して対立すると1508年、敗れて近江国に逃れ、 義稙により家督を剥奪。さらに敗れて阿波国に逃れ、1511年、 将軍を追われた足利義澄を擁して船岡山にて望むも敗れてしまう。
1519年、再び攻勢して高国の軍を連破。 1520年に入京すると、義稙から家督を許されるが、反撃を受けて敗北。 之長は敗死。細川澄元は阿波国に逃れ、病没してしまう。

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