福島正則

ふくしままさのり ( hukushima-masanori )
1561 〜 1624


福島正則 年表



福島正則。父は正信。弟に高晴
尾張国海東郡の生まれ。母が豊臣秀吉の母、 天瑞院の姉妹という縁から福島正則は秀吉に小姓として仕え、 1578年の播磨国三木城攻めに従軍。 1582年山崎の戦いなどで功をあげて五百石与えられる。
1583年、 福島正則は賤ヶ岳の戦いにて七本槍の筆頭として賞され、五千石に加増。 小牧、長久手の戦い紀州征伐四国征伐などにも従軍して伊予国に十一万石与えられ、 1590年小田原征伐で福島正則は、 北条氏規の守る韮山城を攻撃。 1592年文禄の役では兵站輸送などを担う。
1595年、福島正則は尾張国清州に二十四万石与えられるが、 秀吉の没後、石田三成との関係が悪化。 1599年徳川家康の養女と私婚を約すという違反を犯し、 1600年関ヶ原の戦いでは、 東軍に属して美濃国岐阜城攻めなど活躍。 福島正則は戦後、安芸国広島城四十九万八千二百石を与えられて藩主となるが、 1614年からの大坂の陣では江戸城留守居役を命じられ、 1619年には広島城の無断修築などの違反を咎められて信濃国川中島四万五千石に減封。 福島正則は隠居して高斎と号す。

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