一条冬良

いちじょうふゆよし ( ichijo-huyuyoshi )
1464 〜 1514


一条冬良 年表



一条冬良。公卿。兼良の二十三番目の子。 長兄に教房がいる。
1467年応仁の乱が勃発すると、 父と共に奈良興福寺大乗院で門跡となっている兄の尋尊の下に身を寄せるが、 1469年教房の子の政房が応仁の乱に巻き込まれ亡くなってしまった為、 教房の養子となり家督を相続。
1472年、一条冬良は奈良で元服し、正五位下に叙任。 1477年応仁の乱が終息すると、父と共に帰京。 翌1478年に右大将。 1488年に内大臣、関白。 1493年に太政大臣に叙任され、関白を辞任するが、 1497年に太政大臣を辞任し、関白に叙任。
父の影響もあり学問に熱心であったが男子に恵まれず、 教房の孫の房通を婿養子に迎えて跡を継がせる。

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