池田輝政

いけだてるまさ ( ikeda-terumasa )
1564 〜 1613


池田輝政 年表



池田輝政。はじめは照政。恒興の二男。兄は元助織田信長に仕える。
1580年荒木村重が謀反を起こすと、 父や兄と共に摂津国花隈城攻めに在陣。 池田輝政は信長から感状を授けられるほどに活躍する。 1582年本能寺の変が起こると、 父や兄と共に羽柴秀吉に仕え、 1583年に父が美濃国大垣城主になり十三万石賜ると、池田輝政は池尻城主となる。
しかし1584年小牧、長久手の戦いで敵対する、 徳川家康の軍に父と兄が討ち取られ、家臣のとりなしもあり、家督を相続。 それからの池田輝政は、1585年紀州攻めや、 佐々成政の越中国富山城攻め1587年九州征伐や、 1590年小田原の役に従軍。 それらの功績もあり、三河国吉田城主十五万二千石を賜り、 豊臣秀次の下に付く。 朝鮮の役では秀次が国内警備に当たる為、 製造や物資で貢献することになる。
1594年秀吉の仲介もあり、 仇敵である家康の娘、督姫を娶る。 1598年秀吉が亡くなると、 池田輝政は縁故をたより家康に接近。 1600年関ヶ原の戦いでは東軍に属し、 織田秀信の守る岐阜城を攻略。 その功もあり播磨国姫路五十二万石を賜る。
姫路藩主となってからは、1601年に姫路城の改修などを行い、 1612年に正三位、参議を叙任。 池田輝政は「姫路宰相」などと呼ばれるが、 翌1613年に病死してしまう。

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