一色義直

いっしきよしなお ( isshiki-yoshinao )
???? 〜 1498


一色義直 年表



一色義直。父は義貫。四職の家系。
第六代将軍、足利義教と父の関係が悪化すると、 義教の命をうけた武田信栄によって、 1440年、父が大和の陣中で殺害されてしまい、父の弟の子で、 義教は寵臣の教親に跡を継がせる。 そのため、父の遺臣は各地で蜂起を繰り返す。
1451年教親が亡くなると子が幼少であった為、 一色義直は家督の相続に成功。それからは第八代将軍、足利義政の御相伴衆となり、 また、一揆の鎮圧など丹後国の領国経営に努める。
1467年応仁の乱が起こると一色義直は西軍に属した為、 幕府は丹後守護に武田信賢を任命。 1474年に東西両軍の和議が成立すると、 嫡男の義春を幕府に出仕させ、丹後守護職に返るが、 信賢の弟の国信が固辞。これを破り旧領回復を果たす。
1484年義春が亡くなってしまい、一色義直が丹後守護に就くと、 1491年六角攻めに参陣し、活躍する。

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