海北友松

かいほうゆうしょう ( kaihou-yuusyou )
1533 〜 1615


海北友松 年表



海北友松。画家。海北派の祖。父は近江国の浅井長政に仕える綱親
1573年織田信長の軍により浅井氏が滅び、 父や兄が討死した頃には海北友松は京の東福寺におり、 狩野元信などから狩野派の画法を学ぶ。1582年本能寺の変にて仇の信長が亡くなり、 交流のあった明智光秀の重臣、斎藤利三を手厚く葬る。 また、武人としての修行も続けており、還俗してお家再興を目指そうとするが、 画才を惜しまれて豊臣秀吉に止められる。
友松の作品は梁楷の影響が強く、水墨画や屏風絵。山水、人物、花鳥、雲竜などを描き、 「琴棋書画図」「牡丹梅花図屏風」「浜松図屏風」「綱干図屏風」 など多くの作品が重要文化財となっている。

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