金森長近

かなもりながちか ( kanamori-nagachika )
1524 〜 1608


金森長近 年表



金森長近。大畑定近の二男。 美濃国の生まれで土岐氏の支流といわれている。
土岐氏の後継者争いにて父は土岐頼武を支援するが、 土岐頼芸に敗れて近江国の金森に逃れて改姓するのが始まりといわれ、 尾張国の織田信秀織田信長に仕えて一字賜り長近と名乗る。 美濃国攻略に功をあげて赤母衣衆となると、 越前国の一向一揆との戦いなどで活躍するなど各地を転戦。 越前国に所領を与えられ、柴田勝家に従う。1582年本能寺の変にて信長が亡くなると、 勝家羽柴秀吉が対立。1583年賤ヶ岳の戦い勝家が敗れ、 籠城後に自刃すると、金森長近は剃髪して降伏。
以後は秀吉の家臣として、 1584年小牧、長久手の戦いに従軍。 1585年の越中国の佐々成政との対峙では、 飛騨国の姉小路頼綱を討伐する戦功をあげ、飛騨一国を与えられて高山城を築城。 1600年関ヶ原の戦いでは東軍に属し功をあげ、 加増されて飛騨国高山藩主となる。
金森長近は茶の湯に長ける文化人だったといわれている。

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