可児才蔵

かにさいぞう ( kani-saizou )
???? 〜 1613


可児才蔵 年表



可児才蔵。美濃国の生まれで名を可児吉長といい、胤栄から宝蔵院流槍術を学ぶ。 討ち取る敵兵の数が多くて携帯出来ないため、笹の指物を背負って戦い、 討ち取った敵兵に笹を持たせたことから「笹の才蔵」と呼ばれる。
はじめ斎藤竜興に仕え、織田信長により没落すると、 信長の配下の柴田勝家明智光秀らに仕え、 信長の三男、織田信孝に仕えるが、 1583年羽柴秀吉に敗れて自害。 そのため羽柴秀次に仕えて1584年小牧、長久手の戦いに従軍するが大敗し、出奔。
その後は福島正則に仕え、 1590年小田原征伐に従軍。 1600年関ヶ原の戦いにも従軍し、活躍。 正則の安芸国移封に従い、安芸国に移る。

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