片桐且元

かたぎりかつもと ( katagiri-katsumoto )
1556 〜 1615


片桐且元 年表



片桐且元。近江国の国人で、浅井長政に仕える。賤ヶ岳七本槍のひとり。
1573年浅井氏が滅亡すると、 近江国長浜城主に就いた羽柴秀吉に仕官して転戦。 1583年賤ヶ岳の戦いにて活躍。 七本槍のひとりに数えられて三千石与えられる。 1584年小牧、長久手の戦いなどにも参陣するが、 奉行としての活躍が多く。1587年九州征伐1590年小田原征伐1592年文禄の役などにて支援の役目を務め、 1595年に加増。片桐且元は摂津国茨木城主として一万石を与えられる。
1598年、片桐且元は豊臣秀頼の教育係を命じられ、 徳川家康とも親交。 1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属すが、 戦後、大和国竜田藩二万四千石に加増される。以後は秀頼の名代として活躍し、 豊臣家徳川家の関係にも尽力。 1614年、片桐且元らは方広寺大仏殿を再建するが、両家の対立が深まると、 片桐且元は豊臣家の諸将から内通を疑われ、大坂城から退去。 直後に大坂冬の陣が起こり、徳川家に人質を送り参陣。 1615年大坂夏の陣にも片桐且元は参陣し、 加増されて四万石与えられるが、片桐且元はまもなくして病没してしまう。

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