加藤清正

かとうきよまさ ( kato-kiyomasa )
1562 〜 1611


加藤清正 年表



加藤清正。築城や治水、干拓の名手で熊本城も有名。 生まれは尾張国愛知郡中村。土豪正左衛門清忠の子。 加藤清正は父を幼くして亡くすが、母が豊臣秀吉の生母の伯母という関係から 秀吉の子飼い武将となる。
加藤清正は1583年賤ヶ岳の戦いで戦功をあげ、 七本槍の一人として三千石を賜る。1585年には従五位下主計頭に叙任。 1587年九州征伐にも従軍。 佐々成政が肥後国を没収されると、 加藤清正にその肥後半国二十五万石を与えられ、熊本に移る。
1592年1596年文禄、慶長の役で 朝鮮の王子順和君臨海君を捕らえるなど手柄をたてるが、 次第に石田三成と不和になり1596年に朝鮮から召還される。
1600年関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍につき、熊本で奮戦。 その功もあり肥後一国五十二万石を賜る。 また1605年に従五位上侍従、肥後守に叙任。 秀吉に旧恩ある加藤清正は子の秀頼の保護に尽力しつつ、 名護屋城の普請では率先して本丸の大工事を引き受ける。
しかし、1611年に熊本で亡くなり、建一寺に埋葬された。

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