菊池義武

きくちよしたけ ( kikuchi-yoshitake )
???? 〜 1554


菊池義武 年表



菊池義武。大友義長の二男。兄は大友義鑑
はじめ大友重治といい、母方の血筋から、兄の勢力拡大の一端として幼少から後継者に推され、 1520年武包から家督を譲られて菊池義武と改名。当主となるが、 1534年大内氏らと結んで兄と対立。 敗れて肥前国高来に逃亡。さらに姻戚の相良氏を頼り1540年宇土氏や肥後国南部衆の協力を得て木辺にて大友方の国衆と争い勝利。 そのまま隈本城に攻め込むが、敗れてしまう。
1550年二階崩れの変にて兄が亡くなったのを機に、 鹿子木氏田島氏に支援されて隈本城に入城。 菊池義武は肥後南部や筑後南部の国人衆と連合して肥後国制圧を画策するが、 兄の跡を継いだ大友宗麟隈本城を攻められ、島原に落ち延びる。
1554年に落髪して日向国、薩摩国への亡命を望むが果たせず、 宗麟に和平を口実に豊後国に誘いこまれて木原で包囲されてしまい、菊池義武は自害する。

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