吉良義安

きらよしやす ( kira-yoshiyasu )
1536 〜 1569


吉良義安 年表



吉良義安。三河の豪族。西条吉良氏。父は義堯。 兄の義郷が家督を相続した為、 義安は東条吉良氏の持広の養子となるが、 まもなく兄が亡くなり、西条に戻り跡を継ぐ(1537年頃)
1539年持広が亡くなると、 西条の家督を弟の義昭に継がせ、 東条の家督を相続。
1549年に駿河国の今川義元が尾張国の織田信広を攻めると、 織田家に協力するが今川軍に捕えられ、人質として駿府に送られてしまう。 これを機に義元は弟に東条の家督も継がせる。 また、義安は当時人質となっていた松平竹千代(徳川家康)と親交を深め、 元服の際に理髪の役を務める。
1560年桶狭間の戦い義元が討たれると、 家康と共に三河に戻るが、弟は孤立し、 1561年徳川家に攻められ降伏。 1563年、三河一向一揆が起こると、弟は一揆と結び謀反。 これを機に義安が西条と東条の両家の家督を統一して相続していく。
ちなみに、子孫に忠臣蔵に登場する吉良上野介こと吉良義央がいる。

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