小早川秀秋

こばやかわひであき ( kobayakawa-hideaki )
1582 〜 1602


小早川秀秋 年表



小早川秀秋。豊臣秀吉の正室、高台院の兄、 木下家定の五男。
1585年、子のいない秀吉の養子となり、木下秀俊、羽柴秀俊と名乗る。 後継者のひとりに数えられるが、1593年豊臣秀頼が誕生。 毛利家への養子話が持ち上がるが、 小早川隆景の案により隆景の養子となる。
1595年隆景の隠居により筑前、 筑後の国など三十万石を継いで名島城主となり、1597年隆景が没すると家督を継いで慶長の役に参陣。 秀秋と改名もするが、軽率な行動があったとして越前国北庄十五万石に減封されてしまう。
1598年秀吉が没すると、五大老から遺命として名島の旧領を回復。 1600年関ヶ原の戦い、 小早川秀秋は西軍として松尾山に陣を敷くが、東軍へと寝返ると、それが引き金となり東軍へと寝返る大名が続出。 これにより勝敗が決し、東軍の勝利。小早川秀秋は戦後、宇喜多秀家の治める備前国岡山に移封され、 備前、美作の国など五十五万石に加増。秀詮と改名するが、わずか二年後の1602年に没してしまう。
小早川秀秋に跡継ぎはなく無嗣改易。小早川家は秀秋の代で途絶えてしまう。

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