国分盛重

こくぶんもりしげ ( kokubun-morishige )
1553 〜 1615


国分盛重 年表



国分盛重。伊達晴宗の五男。 兄に岩城親隆伊達輝宗留守政景石川昭光がいる。
はじめ伊達政重と名乗り、1577年に兄の命で国分氏を継ぐが、家臣の反発にあう。 伊達政宗の代になり、 1585年人取橋の戦いに従軍して功をあげる。 家臣の反抗に何度もあい、統治能力を疑われて政宗に討伐されそうになるが、 謝罪して許され、米沢に移住。家臣らは政宗直臣となる。
1590年小田原征伐の後に兄たちが改易される中、 国分氏は伊達家臣とみなされて改易を免れ、 葛西大崎一揆の際には蒲生氏郷への人質となる。
その後、伊達盛重と名乗るが、出奔。 母が兄弟の佐竹義宣を頼り、1602年の秋田転封に従い、 盛重は秋田伊達氏の祖となる。

他の戦国武将歴史年表を探す

国分盛重 グッズ

国分盛重 グッズ

国分盛重