高力清長

こうりききよなが ( kouriki-kiyonaga )
1530 〜 ????


高力清長 年表



高力清長。父は安長。三河国の松平家に仕える。
高力清長は1552年、駿河国で人質となっている松平元康 (徳川家康)に仕えて1560年桶狭間の戦い後の独立にも従い、 1563年三河一向一揆にて活躍。仏像や経典を戦禍から守る。
1564年、岡崎三奉行のひとりに任命され、清長は「仏高力」といわれる。 それからも家康に従軍して各地を転戦し、 高力清長は1580年に遠江国馬伏塚城主となり鎌田郷を与えられ、 1582年には駿河国田中城を与えられて移る。
1584年小牧、長久手の戦い後、 和議の使者として豊臣秀吉の下を訪れると気に入られ、 1586年に豊臣姓を賜り、従五位下河内守に叙され、聚楽第造営奉行を務める。 1590年家康が関東に入ると、 武蔵国岩槻城二万石を与えられ、浦和郷一万石の管理を任される。 1592年文禄の役では軍船建造を担当する。

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