京極高次

きょうごくたかつぐ ( kyougoku-takatsugu )
1563 〜 1609


京極高次 年表



京極高次。高吉の嫡男。 母は浅井氏の娘、マリア
父は第十五代将軍、足利義昭に仕えるが、 義昭織田信長の関係が悪化すると、 1573年信長の下へ人質として送られるが、 義昭攻めに従軍して近江国に五千石与えられる。
1582年本能寺の変の後、 明智光秀に従い羽柴秀吉と対立。 妹の竜子羽柴秀吉の側室となるなどあり、京極高次は許されて仕え、 1587年九州征伐に従軍。同年浅井家の二女、を正室に迎え、 1590年小田原征伐の後に近江国八幡山城に二万八千石。 1592年文禄の役にも従軍して1595年、 京極高次は近江国大津城主となり、六万石を与えられる。
京極高次は1600年関ヶ原の戦いにて、 はじめ西軍に属して越前国へと兵を進めるが、反転して大津城に籠城。 東軍に属して西軍の毛利元康立花宗茂の攻撃をうける。 大津城は落城。京極高次は剃髪して高野山に入るが、西軍の一部を引きつけて本戦に参戦させなかった功が認められ、 徳川家康により仕官を求められるが、京極高次は度々拒否。 弟の高知の説得により仕官すると若狭国小浜城主となり、のちに加増されて九万二千石となる。

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