松永久秀

まつながひさひで ( matsunaga-hisahide )
1510 〜 1577


松永久秀 年表



松永久秀。生まれを1510年と記載するが、不明な点が多く正確ではない。 松永久秀は管領細川晴元に仕える三好長慶に仕える。
細川畠山木沢など政敵を次々と下し地位を高める三好長慶。 松永久秀は畿内を中心に基盤を築きつつある長慶の下、 1549年頃に台頭しはじめる。
松永久秀は大和信貴山を拠点に勢力を拡大し、 1560年大和国の筒井順慶を追い出すと共に多聞山に築城。 幕府御供衆として従四位下弾正少弼に叙任。 また、詳細は不明ではあるが1563年三好義興1564年安宅冬康を謀略で殺害したとされ、 三好氏に成り代わろうと画策。次第に主家をしのぎ、権勢を振う。
1565年三好三人衆と手を組み、 将軍の権威回復に努める足利義輝を急襲し、自害させ、 キリスト教宣教師を京都から追放。畿内の実権を握るが三好三人衆と対立していく。
1567年東大寺大仏殿を焼き、 1568年入京した織田信長に降り大和一国を支配。 その後の松永久秀は朝倉攻め石山本願寺攻めに従軍。 しかし織田信長に叛き、1577年十月信貴山城を攻略され自害した。

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