鍋島直茂

なべしまなおしげ ( nabeshima-naoshige )
1538 〜 1618


鍋島直茂 年表



鍋島直茂。父は鍋島清房。肥前国佐賀藩の礎を築く。 母は水ヶ江龍造寺の始祖龍造寺家兼の孫。 1541年から一時、千葉氏の養子となる。
鍋島直茂は龍造寺隆信の従兄弟にあたる。
1569年大友宗麟佐嘉城 に攻め寄せたときに直茂は籠城を主張し善戦、和議にもちこむ。 1570年大友親貞の陣取る今山に夜襲、壊滅させる。 その後龍造寺氏は着実に版図を拡げていくが、 1584年島津氏の軍勢が島原に進軍してくると、 主君隆信も出陣するが、隆信が討死。
鍋島直茂は佐嘉城に戻り、子の龍造寺政家を後見。 1587年豊臣秀吉九州に下向すると、 秀吉方の先鋒として戦功を挙げ、東肥前に知行を得る。 この頃政家は病身で大坂に出仕できないため、鍋島直茂が出仕。 1590年政家が隠居すると、 政家の子高房の成人まで国事を代行。 1592年朝鮮出兵には子勝茂と共に出陣。
1598年秀吉が亡くなると、 鍋島直茂はすぐに徳川家康に接近。 1600年関ヶ原の戦いでは東軍に属し、所領を安堵。 次第に主家に代わって領国支配をするようになる。 1607年龍造寺氏の後継者がいなくなると、 龍造寺の家督がほぼ鍋島直茂に移るようになるが、 1610年に家督を勝茂に譲る。

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