南部晴政

なんぶはるまさ ( nanbu-harumasa )
1517 〜 1582


南部晴政 年表



南部晴政。第二十三代目、安信の嫡男。
1539年、家臣の赤沼備中に三戸城を焼かれて多くの文書を失う。 その後、上洛して第十二代将軍、足利義晴から一字賜り晴政と名乗る。
南部晴政は若くして勇猛で知られるが嫡子がなく、1565年、 一族の石川高信の子、信直を婿養子に迎え、 安東愛季の侵攻を度々防ぐが、 1567年長牛城が陥落。 翌年、一族を率いて奪回し、北は津軽、下北半島。南は岩手。西は鹿角郡を領有し、 「三日月の丸くなるまで南部領」と謳われる。
1570年に嫡子、 晴継が誕生すると南部晴政は信直を疎んじ対立。 これに乗じて1571年大浦為信(津軽為信)が謀反。津軽地方を切り取られていく。
1582年の没後、 晴継は葬儀を終わらせて三戸城へ帰る途中、夜陰に乗じた暴漢に襲われて没してしまう。

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