岡本大八

おかもとだいはち ( okamoto-daihachi )
???? 〜 1612


岡本大八 年表



岡本大八。父は江戸の与力、八郎左衛門。キリシタンで洗礼名はパウロ。事件で有名。
はじめ長崎奉行、長谷川藤広に仕え、のちに本多正純に仕える。 1609年徳川家康の命を受けた有馬晴信がポルトガル船に報復して沈没させると、 旧領回復を餌に晴信に接近。多額資金を受け取り、全て自分の懐に入れる。
しかしまったく音沙汰のない晴信正純に訴えて発覚。 裁判沙汰に発展すると、晴信を道連れにするための讒言を繰り返す。 これにより晴信は甲斐国に流罪の末、死罪。 1612年に岡本大八は市中引き回しの上、安倍川の河原で火あぶりの刑となる。
この事件は正純の失脚、改易や、隠れキリシタンの発覚へとつながる。

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