大熊朝秀

おおくまともひで ( ookuma-tomohide )
???? 〜 1582


大熊朝秀 年表



大熊朝秀。長尾景虎(上杉謙信)に仕える越後国箕冠城主。 父は政秀
父の代から越後守護の上杉氏の段銭収納などを務めていたが、 越後守護代の長尾氏の台頭により従うようになる。
本庄実乃との権力争いが絶えず、 1556年、双方の家臣が領地問題で争うと対立が激化。 景虎が出家すると言いだし、高野山へ出奔。 この機に乗じて武田信玄と内通して謀反するが敗れ、越中国に逃れる。
1563年、 大熊朝秀は信玄に招かれて山県昌景に仕え、やがて直臣となり、 武田勝頼の代になると遠江国小山城代を務める。1582年織田信長甲州征伐により侵攻をうけると、 最期の天目山の戦いまで仕え、討死する。

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