大野治長

おおのはるなが ( oono-harunaga )
???? 〜 1615


大野治長 年表



大野治長。定長の長男。母が淀殿の乳母、 大蔵卿局という縁もあり、豊臣秀吉の馬廻衆となる。
一万石の大名となり、1594年、京都伏見城の工事に携わる。 その後は秀吉の子の豊臣秀頼に仕えるが、 1599年徳川家康の暗殺疑惑の首謀者のひとりとされ、下野国に流罪となる。 1600年に釈放され、 会津征伐関ヶ原の戦い家康に属して罪を許される。
再び秀頼に仕え、 1614年片桐且元が大坂城から追放されると、 豊臣家の中心人物のひとりとなり大坂冬の陣を迎えることになる。 1615年大坂夏の陣では、 大野治長の命と引き換えに秀頼淀殿らの助命を願うが拒否され、 秀頼淀殿らと共に自害する。
ちなみに、古田織部に茶の湯を学び、 また、秀頼淀殿と密通して出来た子という噂もある。

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