大友親治

おおともちかはる ( ootomo-chikaharu )
1461 〜 1524


大友親治 年表



大友親治。第十五代、親繁の五男。兄は政親
肥後国瑞光寺の僧となるが、還俗して兄や、兄の子の義右を援ける。 義右の母が大内政弘の妹ということもあり、 大内氏の干渉を受け、父の兄の子、 大聖院宗心を利用して領土拡大を画策。これにより親子で争う。 1489年には異母兄弟の日田親胤が謀反を起こすが、鎮圧。
1496年に親子が相次いで亡くなり、 大友親治は対立勢力を滅ぼして家督を継ぐと1497年、 管領の細川政元や第十一代将軍、 足利義澄と通じて子の義長を当主にするため上申するが、 大内氏宗心を擁立して干渉してくるため、 1498年、豊前国下毛郡で大内軍を破り追放。 大友親治は1501年に家督を譲り隠居するが、 1518年義長が亡くなってしまい、 孫の義鑑を後見する。

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