大内輝弘

おおうちてるひろ ( oouchi-teruhiro )
???? 〜 1569


大内輝弘 年表



大内輝弘。政弘の二男、高弘が父。
1499年杉武明大友氏と結んで父の兄で当主の義興の追放を画策。 その謀反に父が担ぎ出されるが、武明が討たれたため父は豊後国に逃れる。 そのため大内輝弘は豊後国で生まれ、大友氏に属すことになる。
1568年大友宗麟毛利元就と北九州を巡り争い次第に追い詰められていくと、 吉岡長増の進言により数千の兵を授けられ周防国に上陸し、高嶺城を目指す。これに遺臣たちが呼応。 主力を北九州に注いでいる毛利軍は苦戦するが、 高嶺城主、市川経好の留守を守る夫人に寡兵で抗戦され、毛利軍の主力、 吉川元春小早川隆景の両軍が迫ると脱出を図るが、 厳しい追撃をうけ、富海の茶臼山にて自害する。
この乱により大友氏は領土を回復する。

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