相良晴広

さがらはるひろ ( sagara-haruhiro )
1513 〜 1555


相良晴広 年表



相良晴広。一族、上村頼興の長子。
初名を上村頼重といい、のちに当主となる義滋が内乱鎮圧の為に父に協力を求めると、 頼重を次期当主として養子に迎えることを条件に協力。1530年に養子となると、 1536年に祖父から「洞然長状」を送られ、 名和氏の娘を正室に迎える。
1545年に第十二代将軍、足利義晴から一字賜り改名し、 1546年、養父の跡を継いで当主となる。1550年大友氏に追われた菊池義武を保護して隈本城に復帰させるが、 義武は再び大友氏に敗れてしまう。 晴広は1554年には明との貿易を再開し、 1555年「相良氏法度二十ヶ条」を追加するなど、 肥後国の統治にも積極的に取り込む。

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