相良長定

さがらながさだ ( sagara-nagasada )
???? 〜 1531


相良長定 年表



相良長定。父は十一代目長続の長子、頼金
病弱の父は家督を継げず、父の弟の為続が家督を継ぎ、 その孫の長祗が家督を継ぐと、1524年、 相良長定は嫡流を称して犬童長広と共謀。 人吉城を急襲して家督を奪い、 翌1525年、水俣城に誘引して自害させる。
これにより長祗の兄の瑞賢1526年、 僧兵を集めて人吉城に侵攻。八代に逃れるも追撃されて筑後国に亡命するが、 瑞賢の兄、義滋に人吉への帰国を促されて誘引され、 人吉筒口法寿寺の門外にて殺害されてしまう。

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