相良長隆

さがらながたか ( sagara-nagataka )
1492 〜 1526


相良長隆 年表



相良長隆。長毎の二男。
十歳で出家して瑞賢と号し、京都東福寺で僧籍に入り、のちに観音寺十二代住職となる。
弟の長祗が正室の子として家督を継ぐが、1524年、 一族の長定が嫡流を称して犬童長広と共謀。 人吉城を急襲して家督を奪い、翌1525年に自害させられると、 兄の義滋と共に挙兵しようとするが、1526年、 僧兵を集めて単独で人吉城に侵攻。長定を追放して還俗するが、一族や家臣からの支持が得られず、 人吉城から逃れて永里城の落合加賀守を頼るのだが、兄に攻められて自害してしまう。

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